回顧録 No.1 (1979年 ~ 1987年)

大学を卒業すると地元の社員数10人程度の自動機器製造会社に入社。
今で言うところのメカトロニクスやFA(ファクトリーオートメーション)の会社でした。
実は大学生時代からその会社でアルパイトをしていました。
この当時のマイコン事情といえば、高校生の時に、NECのTK-80に代表される
ボード型のマイコンが発売され、大学生の頃、NECのPC-8001が発売されました。
大学4年生の時にアルバイトで貯めたお金で、NECのPC-8801を購入しました。
PC-8801にした理由はメモリの拡張無しでCP/M-80が走ったからです。
バイト先ではPC-8001を拡張してCP/M-80を走らせていたので、そのすばらしさ、
可能性に感服していたので。

入社して、CPUに8085を載せたマイコンボードで機械の制御プログラムを書き始めました。
当時まだC言語はほとんど普及しておらず、すべてをアセンブラで書いていました。
最初はTK-85にハンドアセンブルでマシン語に変換したコードを打ち込んで勉強しました。
またこの時期にTK-85のモニタプログラムを解析して勉強していました。
(ユーザーズマニュアルにプログラムリストが記載されていました。)

アセンブラの勉強と並行して、マイコンのハードウェアも勉強していました。
当時は人が少なくて、ハードの設計とプログラム一緒にやっていました。
マイコンの周辺回路やI/F回路の設計に必要なロジックICに関しては、
バイト時代にほぼ習得していたので、マイコンのハードに関しても割とスムーズに理解できました。
リレーでの制御やOMRON無接点リレーCZシリーズとかも使えるようになっていました。

当時プログラム言語といえばBASIC全盛でしたが、最初にアセンブラを勉強したので
インタプリタであるBASICにはほぼ興味を示さず、次に手を出したのはC言語でした。

CP/Mで走るAZTEC-C(HI-TECH Cだったかも)
を手にいれてC言語の勉強を始めました。
当時はまだ、C言語でコンパイルしてROM化するのは一般的ではありませんでした。
メモリ(ROM)領域が2Kバイトとかの時代ですから。
ROMで言うと2716というやつです。丸いガラス窓がついていて、紫外線をあててプログラムを消去するタイプでした。

この期間での習得技術
・リレー制御回路
・ロジック回路
・マイコンハードウェアー
・8085アセンブラ
・Z80アセンブラ
・CP/M

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